CINRA.NET Special Collaboration

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戦前から新宿で守られ続ける本の文化

紀伊國屋書店新宿本店新宿で生まれた田辺茂一氏が1927年に個人営業でスタートした紀伊國屋書店。新宿本店は戦中に空襲で建物が焼失したものの、すぐに二階建てバラックで営業を再開させ、新宿に本の文化を絶やさなかった。そんな歴史ある新宿本店は、創業当時から現在に至るまで変わらず同じ場所にあり続けている。現在、紀伊國屋書店は新宿本店をはじめ、全国主要都市に68店舗、27営業所を構える国内有数の書店として知られている。

吉澤:文月さんは以前ここで歌人の穂村弘さんと対談されていましたよね。わたしも拝聴したんですよ。中学時代から穂村さんの短歌が好きだったので、文月さんとの組み合わせは興味深かったです。
文月:イベントでは終始、穂村さんの独特なトークに翻弄されました(笑)。ほかにも好きな歌人はいますか?
吉澤:笹井宏之さんが好きですね。言葉によってどこまでもいけそうな気持ちになる。
文月:笹井さんの歌、いいですよね。わたしのおすすめは、堂園昌彦さん。吉澤さん、彼の作風も好きそう。
吉澤:嬉しい……。さっそく買ってみます!

吉澤:紀伊國屋にはよく来られますか?
文月:新宿で打ち合わせをした帰りに立ち寄りますね。書店員さんに挨拶をしたり、詩のコーナーを見たりします。紀伊國屋の書店員さんは造詣が深く、平積みにされた詩集の配置を見るのが楽しくて。
話題になっている受賞作と、まったく別の作家の過去作品が平積みで並列されていると、この組み合わせで見てほしいんだな、と感じます。そういうところから書店員さんの意図を読み取るのも楽しいですね。

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世代を超えて多くの文化人に愛される場所

どん底1951年創業、映画監督の黒澤明、作家の三島由紀夫、詩人の金子光晴、シャンソン歌手・俳優の美輪明宏など、世代を超えて多くの文化人に愛される新宿三丁目のバー「どん底」。店名は、ロシアの劇作家マクシム・ゴーリキーの戯曲の題名が由来とされている。今年で66周年を迎え、いまやこのエリア最古のバーとして、押しも押されもせぬスポットと言えよう。名物は「どん底カクテル」、通称・ドンカク。先述の金子光晴の詩『ドンカクの唄』にも登場している。

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ゴールデン街で夜な夜な文学情報交換

月に吠えるフリーランスのルポライターとして活躍する肥沼和之氏がゴールデン街に立ち上げた「月に吠える」。「日本一敷居の低い文壇バー」を謳うここは、出版・文学を偏愛する人たちが集い情報交換できる場所を目指し、文学好きの男女が集う「文学合コン」などのイベントも開催しているそうだ。「この場を通じて、出版業界の人だけでなく若い人にも新しいつながりを持ってもらいたい」とマスターの肥沼さんは話す。

文月:新宿ゴールデン街にお店を構えたのはなぜですか?
肥沼:もともと、この場所が好きだからです。多種多様な人が入り乱れていて、妖しさがある。常に新しい渦を生んでいる場所だと思います。ぼくのお店をきっかけにゴールデン街を楽しんでもらえたら幸せですね。
吉澤:お酒の名前がユニークですね! 「印税生活」、「締切前夜」、「走れメロス」、「バナナフィッシュにうってつけの日」……。
肥沼:文壇バーらしい名前のカクテルなんです(笑)。

文月:ゴールデン街は人に連れてきてもらうことが多くて、「月に吠える」は知人と一緒に何度か来たことがあります。吉澤さんは?
吉澤:わたしはお酒が強くないのですが、二回目かな。おもしろい場所ですよね。そういえば、文月さんとも結構昔に飲みましたよね……。あのときは、楽しかったなあ。
文月:よく覚えてますね。今度はここで、またゆっくり飲みましょう。
吉澤:もちろん! きっと、素敵な夜になりそうです。

CINRA.NETでもっとディープに

シンガーソングライター・吉澤嘉代子と詩人・文月悠光が、日本一敷居の低い文壇バー「月に吠える」で「言葉の力」をテーマにじっくり対談。「歌詞」と「詩」、それぞれの領域で言葉の表現を磨く二人の創作の秘密や、言葉を通じて届けたい思いとは?

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言葉を扱う人にとって磁場がある街

かねてから詩人や文化人など、言葉を扱う人にゆかりのあるスポットが多い街、新宿。一日かけて文芸にまつわるスポットを巡った二人に、今日の感想を聞いてみた。「歩きながら、昔ここで誰と会って、どんなことをしていたか記憶に結びつく場所がいくつもある。こんなにいろんな顔を持っている街はそんなにない。それはわたしたちのような言葉を扱う界隈も含め、さまざまな属性の人が入り乱れている街だからだと思う」と文月さんは語る。吉澤さんは「大人になってから少しずつ新宿という街の楽しさがわかるようになりました。これからもっと、この街の新しい表情が見えるようになるのかもしれません」と語った。

スポットを訪れるなかで、折に触れてお互いの作品や、好きな詩人や歌人について意見を交わしている姿が印象的だった今回の取材。それは、この街が言葉を扱う人にとって、何かを誘発させる磁場がある街だからなのかもしれない。撮影の最後で訪れたゴールデン街にある文壇バー「月に吠える」で行なわれた言葉を巡る鼎談は、『CINRA.NET』で読むことができます。

新宿を感じる本

文月悠光 『洗礼ダイアリー』

紀伊國屋書店新宿本店で買いました。エッセイのなかで披露される心の動きを知ると、文月さんという人柄に一層魅了されます。滑稽なおかしみのあるエピソードを表現する文章の運び方や言葉の切れ味が鋭く、気持ちのいいところにグサッと刺さってきて「かっこいい」と思わず膝を叩いて痺れてしまいます。(吉澤)

笹井宏之 『ひとさらい』

自分が別のものになった視点で描かれている作品が多く、肉体を失っても、魂を別のものに託すことでどこへでも行けることを、彼はきっと信じていたんだと思います。心が不自由な気持ちになったときに、この本の言葉に救われています。(吉澤)

林芙美子 『放浪記』

高校時代、北海道で過ごしながら東京に憧れを抱いていた頃に読みました。新宿区・落合に住み、貧乏暮らしをしていた林さん。どんな困難に陥っても生き抜く泥臭さや、スキャンダラスなエピソードも赤裸々に綴る姿勢に心を射抜かれました。じつは、縁があってわたしも落合に住むようになったのですが、近所の林芙美子記念館を度々訪れます。それくらい、わたしにとって思い入れの強い作家です。(文月)

金井美恵子 『小春日和:インディアン・サマー』

文京区・目白を舞台とした話ですが、新宿の文壇バーやゴーゴークラブに盛んに遊びにいく描写や、そこで会った編集者に原稿料の前借りをするような奔放なエピソードに心惹かれました。10代の頃、この本を読んで新宿という街や東京という場所がどんなところかを想像していました。(文月)